石鳥居・照降石
石垣・阿房丸
五重塔・御仮殿
家康公の遺訓
表門と仁王
三神庫・想像の象
西 浄
神厩・三猿
三猿の物語
高野槇・内番所
御水舎
唐銅鳥居
陽明門
500を超える彫刻
東照大権現の額
「魔除けの逆柱」
人物の彫刻
家康公と子どもたち
神輿舎
神楽殿
文化財の修復に捧げた人生
祈祷殿
唐 門
眠り猫
坂下門・透塀
回廊・御供廊下
本 社
将軍着座の間
石の間
拝 殿
本 殿
東照宮の霊獣たち
東照宮ネイチャーワールド
奥 社
奥社拝殿
鋳抜門
奥社宝塔
鐘楼・鼓楼
鳴 竜
境内の燈籠
朝鮮鐘
回廊胴羽目
飛び越えの獅子
輪 蔵
旧奥社石唐門・石鳥居
人面木
日光東照宮宝物館
客殿・新社務所
日光東照宮美術館
日光東照宮の伝統行事
春季例大祭百物揃千人行列
東照宮の御守
狩野山雪が描いた家康公像。その容貌をよく伝えている
戦国時代に生まれ、長い戦乱の世を生き抜いて天下統一を果たした徳川家康
-とくがわいえやす-
公は慶長
-けいちょう-
8(1603)年、征夷大将軍
-せいいたいしょうぐん-
に任ぜられて江戸に徳川幕府を開く。秀忠
-ひでただ-
公に2代将軍の座を譲ってからも大御所
-おおごしょ-
として天下ににらみをきかし、自分の死後について重要な遺言を残した。「遺体は久能山
-くのうざん-
(静岡)におさめ、(中略)一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請
-かんじょう-
し、神としてまつること。そして、八州の鎮守
-ちんじゅ-
となろう」
元和
-げんな-
2(1616)年4月17日、家康公は駿府
-すんぷ-
(静岡)で75歳の生涯を閉じる。翌年、日光に社殿が造営され、朝廷から東照大権現
-とうしょうだいごんげん-
の神号が贈られた。遺言どおり、神としてまつられたのである。
家康公が目指した「八州の鎮守」とは、現代風にいえば「日本全土の平和の守り神」である。日光は江戸のほぼ真北にあたる。家康公は、不動の北極星の位置から徳川幕府の安泰と日本の恒久平和を守ろうとしたのである。
家康公が望んだ「小さな堂」は、やがて家康公を敬愛する3代将軍家光公によって、いま見るような絢爛豪華
-けんらんごうか-
な「平和のシンボル」に生まれ変わる。現存する建物のほとんどは、「寛永の大造替
-かんえいのだいぞうたい-
」で建て替えられたものだ。造替の総奉行・秋元但馬守
-あきもとたじまのかみ-
が幕府に提出した収支報告書『日光山東照大権現様御造営御目録』(通称『御造営帳』)によると、総工費は金56万8000両、銀100貫匁
-かんもんめ-
、米1000石。今の400億円に相当する。使った材木が14万本、工期は1年5か月、延ベ454万人が携わった。35棟を建て替え・新築した大工事は寛永
-かんえい-
13(1636)年に完成して今に至る。
慶長20(1615)年の大阪夏の陣に臨む家康公。
豊臣秀頼を滅ぼして天下統一を完全に成し遂げる
交通アクセス
交通機関
日光MAP
食べる・泊まる
宿泊施設
飲食・物産店
ゆば専門店
伝統食品製造元
その他(JAF・製造業等)
観る・遊ぶ
スポーツ・レジャー施設
ハイキングコース
日光の伝統行事
日光の観光イベント
日光の歴史年表
資料
社寺拝観・施設利用料
日光周辺情報
(社)日光観光協会
〒321-1404 栃木県日光市御幸町591日光郷土センター内
電話:0288-54-2496 FAX:0288-54-2495