| 史跡探勝路 憾満ガ淵-かんまんがふち-〜寂光ノ滝-じゃこうのたき-コース |
1200年以上の歴史をもつ日光には、重要だが目立たない、さまざまな史跡が点在している。そこで約3時間、8キロの歴史散策コース「史跡探勝路」を紹介しよう。
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1 落合源七・巴快寛顕彰碑
-おちあいげんしち・ともえかいかんけんしょうひ-
総合会館前の石碑。明治初期の神仏分離令による日光の苦難を、2人は町民を代表して東北巡幸途上の明治天皇に直訴した。
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2 磐裂神社-いわさくじんじゃ-(匠町-たくみちょう-)
本殿が大谷石-おおやいし-の石蔵に納められている珍しい神社。
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3 大正天皇御製歌碑
-たいしょうてんのうぎょせいかひ-

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4 慈雲寺-じうんじ- |
5 霊庇閣-れいひかく-
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6 弘法の投筆-こうぼうのなげふで-
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| 7 化地蔵-ばけじぞう- |
8 憾満ガ淵-かんまんがふち-
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7 化地蔵 :12 憾満親地蔵御首
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9 銭沢不動尊-ぜにさわふどうそん-
憾満ガ淵の手前から15分ほど山を登ったところに不動明王-ふどうみょうおう-がまつられている。
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10 還源山妙覚院浄光寺
-かんげんさんみょうかくいんじょうこうじ-
珍しい石屋根山門の寺。本尊は、春日仏師-かすがのぶつし-・作と伝えられる座像の阿弥陀如来-あみだにょらい-。
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11 梵鐘-ぼんしょう-
浄光寺山門そばの日光最古の梵鐘。室町時代の長禄-ちょうろく-3(1459)年に、源観が奉納したもの。歴史資料として貴重な銅鐘である。
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12 憾満親地蔵御首-かんまんおやじぞうおんくび-
化地蔵の親地蔵2体のうちの1体の首。
明治35(1902)年の大洪水で流失したものが川床で発見されて、浄光寺に安置した。
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13 菅笠日限地蔵尊-すげがさひぎりじぞうそん-
浄光寺本堂前、地蔵堂内にある。石の菅笠をかぶった珍しい地蔵で、日を限って願い事をするとかなうといわれている。
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14 防火隊碑-ぼうかたいひ-
承応-じょうおう-元(1652)年から幕末まで幕命によって八王子(現・東京)千人同心が日光山の火の番にあたった。当地で客死-かくし-した隊員を弔う-とむらう-ため、天保-てんぽう-5(1834)年に建立された。

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15 文豪連理塚-ぶんごうれんりづか-
白河鯉洋-しらかわりよう-と田岡嶺雲-たおかりょううん-の墓標が並ぶ。それぞれ九州日報の編集長、茨城新聞の主筆だった。田岡嶺雲は日光で結核療養中に死去。
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16 座禅院権別当-ざぜんいんごんのべつとう-の墓
室町時代の前後、およそ200年間、日光を管理したのが座禅院で、お留守居権別当と呼ばれた。歴代の墓6基が現存している。
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17 導き地蔵尊-みちびきじぞうそん-
等身大の地蔵が3体あり、中央の大きい地蔵が導き地蔵尊。天文-てんぶん-19(1550)年に造立された日光最古の石仏。

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18 蓮華石-れんげいし-
国道に面
して横たわる巨石。子どもたちの遊び場で、子どもたちの守護神とされた。
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19 花石神社-はないしじんじゃ-大ケヤキ
花石神社表参道にせり出した樹高22メートルのケヤキの巨木。推定樹齢は800年。
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20 花石神社
勝道上人-しょうどうしょうにん-が蓮華石-れんげいし-に座して、日光連山を遙拝-ようはい-するたびに、心眼に浮かぶ神格化した山が18あったという。その山霊を1か所に集めてまつった「十八王子-じゅうはちおうじ-」が、この神社の始まり。明治2(1869)年に、花石神社と改めた。祭神-さいじん-は少名彦名命-すくなびこなのみこと-。
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| 21 若山牧水歌碑-わかやまぼくすいかひ- |
22 焼加羅の碑-たきがらのひ-
花石神社境内にある。焼加羅は日光市滝が原原産の名馬で、延宝-えんぽう-3(1675)年に梶定良-かじさだよし-が愛馬の供養碑として建立した。
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23 花石神社大杉
樹高25メートル、推定樹齢400年の大杉。
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24 八幡神社-はちまんじんじゃ-
釈迦堂-しゃかどう-入り口左手の古い社-やしろ-。誉田別命-ほんだわけのみこと-=応神天皇-おうじんてんのう-をまつる。天平神護-てんぴょうじんご-2(766)年に勝道上人-しょうどうしょうにん-がここに草庵-そうあん-をつくったとき、天から丸石が飛んできて「八幡大自在-はちまんだいじざい-である。国家守護のためにきた」と告げる夢をみたので、「飛石八幡-とびいしはちまん-」として社殿を建てた。
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25 釈迦堂-しゃかどう-
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26 殉死-じゅんし-の墓

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27 延命地蔵尊-えんめいじぞうそん-(犬牽-いぬびき-地蔵尊)
釈迦堂右手の国道に面した朱塗りの堂。室町時代に、板橋将監-いたばししょうげん-という領主が奥日光で狩猟のとき、湯の湖湖畔に立っていた勝道上人自刻の地蔵尊を犬に引かせて湖水に投げ込んだところ、激しい雷雨が起こって地蔵が犬を引いて岸へ引き返したという伝説があり、犬牽地蔵尊と呼んだ。後に延命地蔵尊としてまつり、現在地に移された。
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28 池石-いけいし-
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29 若子神社-じゃっこじんじゃ-
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30 寂光ノ滝-じゃっこうのたき-

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31 青竜神社-せいりゅうじんじゃ-
弘法大師-こうぼうだいし-が滝尾-たきのお-、寂光-じゃっこう-を開いたとき、弟子たちが守護として京都醍醐-だいご-の青竜神社を分祀-ぶんし-したのが始まりといわれ、大海津美命-おおわたつみのみこと-をまつる。晴天祈願をすると晴れるという。
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32 日光奉行所跡-にっこうぶぎょうしょあと-
元禄-げんろく-13(1700)年、梶定良宅を役宅として日光奉行が置かれ、寛政-かんせい-3(1791)年に役宅に接して役所が建てられた。現在は「史跡日光奉行所跡」の石柱が立っている。
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