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葛西善蔵-かさいぜんぞう-文学碑

 秋ぐみの 紅きをかめば 酸くしぶく
 タネあるもかなし おせいもかなし

 葛西善蔵(1877〜1928)は、大正期の私小説家。代表作『湖畔日記-こはんにっき-』を湯元温泉の板屋旅館で書き上げた。碑文は作品中の歌で自筆。「おせい」は登場人物の名。

 葛西善蔵文学碑(湯ノ湖湖畔)
  
窪田空穂-くぼたうつぼ-歌碑

 五月なほ ふかきみ雪の 男体の
 山にとけては 湖-みずうみ-となる

 窪田空穂(1877〜1967)は国文学者、歌人。歌集『青朽集-せいきゅうしゅう-』に収録されており、35歳当時、日光を訪れて詠んだ連作68首中の1首。

窪田空穂歌碑(二荒山神社中宮祠境内)
  
矢島三嵩史-やじまさんすうし-句碑

 白樺は 月が夜来て 晒-さら-すらし

 矢島三嵩史(1895〜1955)は、日光国立公園レインジャー第1号で、日光博物館館長を務め、山仲間から「日光の山の神様」と慕われた。


矢島三嵩史句碑(奥日光、山王林道)
  
若山牧水-わかやまぼくすい-歌碑

 鹿のゐて いまもなくてふ 下野-しもつけ-
 なきむし山の 峰のまどかさ

 若山牧水(1885〜1928)は、旅と酒を愛した歌人。大正11(1922)年10月30日、馬返-うまがえし-から電車に乗り、車窓から鳴虫山を眺めて詠んだ8首のうちの1首。


若山牧水歌碑(市街花石町、花石神社境内)
  

与謝蕪村-よさぶそん-句碑

 二荒や 紅葉の中の 朱-あけ-の橋

 与謝蕪村(1716〜1783)は、芭蕉-ばしょう-と並ぶ江戸中期の俳人、画家。関東、奥州各地を歩いたが、これは29歳ころの作といわれる。


与謝蕪村句碑(神橋への園地内)
 
平畑静塔-ひらはたせいとう-句碑


 榊にて 下天-げてん-を祓う-はらう- 山開-やまびらき-
 
 平畑静塔(1905〜1997)は医学博士で、栃木県俳句作家協会会長を務めた。句は毎年8月1日の男体山登拝大祭を詠んだもの。


平畑静塔句碑(戦場ガ原、三本松園地内)
  
小説『徳川家康』記念碑

 人はみな 生命の大樹の 枝葉なり

 山岡荘八-やまおかそうはち-(1907〜1978)作の長編小説『徳川家康』の記念碑。家康の「南蛮銅具足」の兜-かぶと-を模したブロンズ像が置かれ、台座のなかに全26巻が納められている。

小説『徳川家康』記念碑
(東照宮宝物館裏、浩養園内)
  
松尾芭蕉-まつおばしょう-句碑(2)


 あらたふと 青葉わか葉の 日の光

 松尾芭蕉(1644〜1694)が、奥の細道行脚で詠んだ句。ほかに、3句碑がある。

 


松尾芭蕉句碑(2)(東照宮宝物館の入り口左手)
  



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