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| 今も生きる江戸職人の心意気─鈴木重信さん(錺師-かざりし-) |
一人前になるのに20年かかるという七々子を打つ鈴木さん
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「錺金具-かざりかなぐ-」という言葉をご存じだろうか?日光東照宮-にっこうとうしょうぐう-の陽明門をはじめ、二社一寺の華麗な建築群に輝く金色の金具。大きさも形もさまざまだが、それらすべての総称である。
錺金具を作ったり修繕したりするのが錺師(錺職)である。日光市東和町の鈴木重信さん(1925年生まれ)は、日本でも数少ない錺師のひとり。14歳で弟子入り。以後、日光の二社一寺に限らず、全国の文化財の錺金具の製作・修繕を手がけてきた。
仕事はすべて手作業で、「七々子-ななこ-だけ20年」といわれている。七々子とは、錺金具の際立つ細工の周囲に、びっしりと単調に並んだ小さな丸い溝のこと。タガネという道具を使って、ひとつひとつ打つ。深さや間隔が均等でなければならないため、息を止めて打つのだという。道具のタガネも手作りだ。鈴木さんにいわせると、「自分が使う道具が作れないようじゃ、職人じゃねぇよ」とのことである。
七々子だけを20年打ち続けて、初めて葵-あおい-の紋や唐草模様などの柄を彫ることを許される。一人前といわれるには、さらに5年かかるのが錺師の世界だという。
「出来上がったものに満足したこと?ないね。どっかがおもしろくねぇ」という鈴木さんだが、その功労が認められ、平成3(1991)年に黄綬褒章-おうじゅほうしょう-を受章。
「自分は日光で生まれて、日光で死ぬんだから。東照宮を子孫の代まで残すために、死ぬまで続けるよ」
息子さんを含めて弟子は5人。お孫さんが弟子入りして三世代の錺師一家となった。
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神輿(みこし)錺 |

戸締まりに使う猿落(上)と文鎮(下)
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三葉葵の軒先丸瓦
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