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| ●勝道上人銅像-しょうどうしょうにんどうぞう-
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日光山の開祖、勝道上人の銅像
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神橋-しんきょう-から表参道(長坂)を上りつめると、輪王寺三仏堂-りんのうじさんぶつどう-を背景にして日光山の開祖、勝道上人の銅像が岩の上に立っている。
勝道上人は下野-しもつけ-(栃木県)の生まれで、27歳のときに唐憎・鑑真和上-がんじんわじょう-の高弟・如宝僧都-にょほうそうず-から戒を受けて僧となった。
日光の男体山-なんたいさん-を中心とする霊地を観音の浄土である補陀洛山-ふだらくさん-とし、その山頂を極めようと32歳で入山。天平神護-てんぴょうじんご-2(766)年、霊地日光山の発祥となる四本竜寺-しほんりゅうじ-を建立した。
以来15年間、弟子たちと男体山に挑んでは数々の困難に遭遇し、挫折を繰り返したが、天応-てんおう-2(782)年についに頂上を極めることができた。中禅寺湖-ちゅうぜんじこ-は、その登頂に成功したときに発見され、山麓-さんろく-の湖畔に二荒山神宮寺(中禅寺)が創建された。
また、勝道上人が大谷川-だいやがわ-を渡れずに困っているとき、大蛇が現れて神橋をかけてくれたとか、中禅寺湖-ちゅうぜんじこ-に大黒天-だいこくてん-が現れて勝道上人が山を開くのを助けたなど、日光の伝説の多くは、勝道上人が主人公になっている。
その日光に対する功績をたたえ、上人の恩を永くとどめるために建てられたのが、勝道上人の銅像。市制発足の記念でもある。昭和30(1955)年に、日展入選の経歴を持った新関国臣-にいぜきくにおみ-氏によってつくられた。
青銅製の像の高さは2.1メートル、台座は3.6メートル。台座の岩は、上人ゆかりの地である憾満ガ淵-かんまんがふち-から運んだ、黒がらす石と呼ばれるもの。青みがかった黒で、ぬれるとより輝きを増す。推定で31トンの重さがあり、この巨石がいくつかの銘石に囲まれて中央の台座となっている。
台座の表には「日光開山勝道上人之像」、裏には銅像の建設記が書かれた銅板がはめ込まれている。
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