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| ●慈眼堂-じげんどう- |
常行堂と法華堂の間を山に向かって進んでいくと、ゆっくり歩くと長生きするという延命坂-えんめいざか-があり、やがて慈眼堂にたどり着く。
慈眼堂は、天海大僧正-てんかいだいそうじょう-が眠るところである。拝殿・墓所・天海蔵-てんかいぞう-(文庫)・阿弥陀堂-あみだどう-・鐘楼-しょうろう-の総称として、こう呼ばれている。「慈眼」とは、天海大僧正の大師号である慈眼大師からとられたものである。
天海大僧正は、家康・秀忠・家光公の3代の将軍に仕えた。日光山第53世貫主-かんす-をつとめ、日光に東照大権現をおまつりして一時衰えた日光山を建て直した大きな功績の持ち主。東照宮の傍らにまつられている。
108歳で亡くなった天海大僧正の命日にあたる10月2日には、毎年、拝殿で大がかりな法要(長講会-じょうごえ-)が営まれる。そのときの御斎食-おさいじき-には、天海大僧正の好物だった納豆汁が供せられる。
拝殿は一重入母屋造り-いちじゅういりもやづくり-といわれる建物で、前後に扉がついているのが特徴。墓所を守るようにたたずんでいる。
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慈眼堂拝殿と墓所
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天海大僧正の像
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