| 輪王寺の伝統行事 |
1200余年の歴史をもつ輪王寺の行事は数多くあるが、
そのなかで一般の人たちも参加できる
伝統行事をいくつか紹介しよう。
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| ●歳旦会-さいたんえ-
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除夜の鐘が響き始めてから1月1日の朝まで、三仏堂で歳旦会がおこなわれる。この国家安泰と人々の息災を願う正月の儀式は、7日まで続けられる。
元日の朝になると、場所は本堂から家光公が眠る大猷院-たいゆういん-へと移され、そこで年始会-ねんしえ-が修される。そして、次は常行堂-じょうぎょうどう-の修正会-しゅしょうえ-と続く。
このあと、本坊では、門跡-もんぜき-が一山の僧侶-そうりょ-たちに昆布-こんぶ-を手渡す年賀式がある。これは、通 称 「お手昆布式」と呼ばれている。
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| ●外山毘沙門天縁日-とやまびしゃもんてんえんにち-
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全国でも珍しい「福銭貸し-ふくせんがし-」がおこなわれるのが、1月3日の外山毘沙門天縁日。福銭貸しとは、このお堂が福銭を信者に貸し出し、信者はそれを事業の種銭にして、翌年に借りた額を倍にして返すというもの。
福銭は、円を両と言い換えられ、単位も1万倍にされる。つまり、100円を100万両、1000円を1000万両とするわけである。この日は、「100万両、1000万両」と景気のいい声が飛び交う。
参詣者は前の晩から暗い山道を登り、夜明けを待って「雲海の間-うんかいのま-」から日の出を拝む。そして、福銭貸しの儀式に移る。この儀式は外山毘沙門堂と信者との間のお金の貸し借りになるが、厚い信仰に支えられているため証文はない。
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外山毘沙門天縁日(外山山頂)
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| ●節分会-せつぶんえ-
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正式には節分会追儺式-せつぶんえついなしき-といい、2月3日の節分の日に催される。輪王寺門跡を大導師として一山の僧侶が三仏堂にそろう。この席には100人を超す年男年女が裃-かみしも-姿で参列する。
まず、大護摩供-だいごまく-の秘法がほどこされ、次に大般若経転読-だいはんにゃきょうてんどく-、豆まきと続く。そのあとに、回廊で縁喜ガラマキがおこなわれる。ガラマキの品を拾うと幸運が授かるとされている。
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| ●開山会-かいさんえ- |
4月1日の勝道上人-しょうどうしょうにん-の命日におこなわれる法要で、上人の座像が安置されている開山堂で開山勝道上人の遺徳をしのんでおこなわれるので、開山会という。
この日は、輪王寺一山の僧侶や信者が集まり、法華三昧-ほっけざんまい-の法要がとりおこなわれる。
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| ●延年舞-えんねんのまい- |
毎年5月17日に天下泰平、延年長寿を祈願して舞われる儀式で、三仏堂内に設けられた舞台でおこなわれる。
延年舞は、嘉祥-かしょう-元(848)年に慈覚大師円仁-じかくだいしえんにん-が唐から伝えたという秘舞-ひぶ-で、新しく住職になった2人が上座と下座に分かれて踊る独特の舞である。
この舞がおこなわれている間は、一山の僧侶たちによって「延年の頌-じゅ-」という声明-しょうみょう-が唱えられている。
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廷年舞
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| ●薪能-たきぎのう- |
近年になって復興した行事で、三仏堂を背に舞台を組んで、能が舞われる。
演目や日程(8月中旬)などは年によって異なるので、問い合わせが必要。
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日光山輪王寺薪能
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| ●越年護摩-えつねんごま- |
12月31日の夜、三仏堂の前に祭壇が設けられ、修験者たちによって野天採灯大護摩-のてんさいとうおおごま-が勇壮かつ厳かに修される。
中央の護摩壇の火は、一切の罪障を焼き払い、修験者たちの唱える読経-どきょう-と真言-しんごん-が夜空に響き、災厄-さいやく-を払うのである。
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野天採灯大護摩
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| ●2つの強飯式-ごうはんしき- |
強飯式は、日光山輪王寺に伝わる古い儀式で、現在では毎年4月2日に三仏堂で催されている。
式は、修験者の姿をした強飯僧が、3升の飯が入った山盛りのお椀-わん-を、信者から募った強飯頂戴人に差し出し、「75杯1粒残さず食べろ」と責め立てるもの。強飯頂戴人になって儀式を受けると、無病息災、家運長久などの運を授かるといわれている。
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輪王寺の強飯式
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一方、生岡-いくおか-神社では毎年11月25日に「子供強飯式」がおこなわれ、こちらは強飯僧や強飯頂戴人を氏子の子供も演じている。太郎坊、次郎坊(頂戴人)が竹かごを頭にのせていたり、「強飯式に案内申す」を「おはんじきに案内芋」となまって山盛りの里芋を頂戴人の口に押し込んで食べさせるなど、子供の儀式ならではのユーモアに富んでいる。
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生岡神社の子供強飯式
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