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家康公の遺言と日光東照宮
家光廟大猷院

●家康公の遺言と日光東照宮
  

夜の陽明門と北極星を中心に回る星々
  

 徳川家康-とくがわいえやす-公(1542〜1616)なくして、今日に及ぶ観光地日光の発展はありえなかった。日光にとって最も重要な人物である。
 その発端は、家康公の遺言にあった。天下統一後、江戸に徳川幕府を開いた家康公は、これを盤石-ばんじゃく-なものにし、平和を永続させるため、次の趣旨の遺言を残したのである。
 「日光山に小さな堂を建てて、自分を神としてまつること。自分は、日本の平和の守り神となる」
 日光は江戸のほぼ真北。北天は、宇宙の中心であり、不動の北極星を中心に星々が規則正しく運行する。これがこの世の規範であり、江戸から見れば、その要-かなめ-の位置に日光がある。つまり、江戸と北極星を結ぶ宇宙の中心軸にまつられることによって、日本の平和の守り神になろうとしたのである。
 この遺言のなかでは「小さな堂」とあったが、家康公を追慕する三代将軍家光公によって絢爛豪華-けんらんごうか-な社殿に建て替えられた。おかげで、私たちは江戸初期の芸術の粋-すい-を集めた、世界に誇る日光東照宮-にっこうとうしょうぐう-を目にすることができるのである。
 ただし、ひと言付け加えるべきだろう。一見、絢爛豪華にばかり見える社殿には、家康公の根本精神が生きていることを。
 この社殿には、至るところに平和への願いが込められているのである。さらにいえば、日光東照宮は平和のシンボルなのである。
 中国の故事に基づく彫刻類も、唐子-からこ-も、また「眠り猫」も、竜や貘-ばく-の霊獣も、すべて平和というキーワードで、その意味が明らかにされるのである。そして、ここは、彫刻の花咲き、烏歌う楽土-らくど-でもある。
 そうした視点で東照宮を見直すと、「日暮らし門」と呼ばれる陽明門-ようめいもん-ばかりか、ほかの建物にも興味がそそられる。なぜ、ここに、こんな彫刻・絵画が施されているのかを考えただけでも飽きることがない。さらには、東照宮の霊獣ウォッチングやネイチャーウォッチングという、新たな発見続出の思いがけない楽しみ方もある。
   

東照宮にあるミミズクとスズメの彫刻

  


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