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雪の神橋(しんきょう)
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大昔、私たち日本人の先祖は、天高くそびえ、雲、雨、雪、かみなりなどさまざまな自然現象を展開し、命のもとである大切な水を恵んでくれる高い山々に、おそれと尊敬の心を抱いた。そこには神がいると信じた。自然に生まれた山岳信仰である。
関東平野の北方にそびえる霊峰二荒山-れいほうふたらさん-(男体山-なんたいさん-)も古くから、神のおられる山として、うやまわれてきた。
今からざっと1200年以上も前の奈良時代の末、二荒山に神霊を感じた勝道上人-しょうどうしょうにん-が、大谷川-だいやがわ-の北岸に四本竜寺-しほんりゅうじ-を建て、延暦-えんりゃく-9(790)年に本宮神社-ほんぐうじんじゃ-を建てた。二荒山神社のはじまりである。また、勝道上人はさまざまな難行苦行を積み、二荒山初登頂の大願を果たし、山頂に小さな祠-ほこら-をまつった。天応2(782)年のことであった。これが奥宮-おくみや-である。
延暦3(784)年、二荒山中腹の中禅寺湖-ちゅうぜんじこ-北岸に日光山権現(中宮祠-ちゅうぐうし-)をまつり、ほぼ現在の形となったのである。
二荒山神社は早くから下野国-しもつけのくに-一の宮としてうやまわれ、鎌倉時代以後は、関東の守り神として幕府、豪族の信仰をあつめた。
江戸時代の元和-げんな-3(1617)年、東照宮がまつられたとき、幕府は神領を寄進し、社殿を造営するなどして、あがめた。
明治維新のあと、神仏分離があったが、明治6(1872)年、国幣中社-こくへいちゅうしゃ-に格づけされ、戦後も一般の人たちの参詣-さんけい-が絶えない。
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