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| ●本殿-ほんでん-
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徳川2代将軍秀忠公が寄進した安土桃山様式の優美な八棟造り-やつむねづくり-の本殿は、元和-げんな-5(1619)年に造営した当時のままの、ただ1つの建造物として、重要文化財になっている。
間口11メートル、奥行き12メートルで、7メートルの向拝(社殿の正面階段の上に張り出したひさしの部分)がつく。単層入母屋-たんそういりもや-の反り屋根造りで、黒漆塗りの銅瓦ぶき(創建当時は柿-こけら-ぶきか檜皮-ひはだ-ぶき)。正面は、千鳥破風-ちどりはふ-(屋根の斜面に取り付けた装飾用の三角形の破風)、向拝軒唐破風-こうはいのきからはふ-つきである。
本殿の四方は縁側で、内部は弁柄漆極彩色。内部は内陣・外陣と分かれて、内陣に神霊がまつられている。外部全面に飾り金具をほどこしているが、東照宮と比べると落ち着いた装飾である。
1間(約1.8メートル)1戸の平唐門、棟門の掖門-わきもん-、格子組みの透塀-すきべい-が本殿を囲んでいる。
ところで、本殿造営が2代将軍秀忠公の寄進でおこなわれたことは、明治35(1902)年の修理の際に発見された旧棟木片で確認された。そこには「御本線棟札」「御建立征夷大将軍-せいいたいしょうぐん-源秀忠公」と大書されており、「元和五年己未-つちのとひつじ-九月」の日付のほか、奉行、大工など工事責任者の名前まで書かれていたのである。
この旧棟木片は本殿とともに、明治41(1908)年に、また唐門・掖門・透塀・鳥居は昭和19(1944)年に、それぞれ国の重要文化財に指定されている。
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本殿
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