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●東京アングリング・アンド・カントリークラブ

 大正から昭和初期にかけて奥日光は「夏場の外務省」と呼ばれていた時期があった。
 明治時代、外国人の国内旅行が徐々に自由になり、欧米諸国の外交官たちの避暑地として注目されたのが奥日光であった。次々と大使館などの別荘が建てられ、日本の皇族や貴族なども訪れるようになった。やがて、外交の中枢-ちゅうすう-を担う人たちの多くが、蒸し暑い時期には奥日光で静養するようになって、こう呼ばれていたのである。ヨットレースが開かれたり、移動のため飛行機が飛来したり、当時の日本では考えられないほど西洋的雰囲気があったらしい。



H・ハンターの釣具

煙突のみ残る中禅寺湖畔西六番別荘跡


人々を引きつけた、奥日光での遊びの代表は釣りだった。英国式マス釣り、つまりフライフィッシングが初めて持ち込まれたのも奥日光である。やがて、イギリス人貿易商と日本人を両親に持つハンス・ハンターが中心となって「東京アングリング・アンド・カントリークラブ」が発足した。千手ガ浜-せんじゅがはま-一帯の広大なエリアを借り受け、マス釣りやゴルフを楽しもうというクラブだ。
 会員には政財界の重鎮、在日外交官、さらに皇族までおり、クラブハウスであった中禅寺湖畔-ちゅうぜんじこはん-西六番別荘にはそうそうたるメンバーが訪れた。単なる釣りクラブではなく、国際的社交場であったのだ。会則の目的には「本倶楽部-くらぶ-ハ野外運動ヲ奨励スル為-ため-ノ鱒釣-ますつり-ゴルフ場ヲ設置シ就中-なかんずく-鱒釣ヲ紳士的ニ為-な-スヲ主タルモノトス」とある。当時の中禅寺湖は豪華メンバーによる、華やかな釣りシーンが展開されていたのだった。
 しかし、その華やいだムードも、また理想のリゾート計画も、第2次世界大戦によって終わりをみる。昭和15(1940)年、西六番別荘は火災にあい、現在は暖炉部分の煙突のみが湖畔にたたずんでいる。寂しげではあるが、そこにはロマンがあった。


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